幻の野菜“ボタナス”を未来へ!
室戸で伝統を守る農家と集落の挑戦
四国高知の南東端、室戸市日南(ひなた)地区の中山間部で、谷口さんご夫婦(ともに70代)が「幻の伝統野菜」として知られるボタナスを生産しています。(令和5年現在)
ボタナス以外にも、お米・田芋(里芋)・落花生(小ぶりで美味しい品種)などを育てておられます。
現在はボタナスの出荷量を増やす取り組みを進めており、約200株を栽培中です。
日南だけで採れる希少な伝統野菜であるため、種の保存にも力を入れています。
最も形の良いボタナスから種を採取・選別・保存し、2〜3月に種まき、ハウスで芽出しをした後、4月頃に植え付け。
収穫期は7〜9月で、まさに今(7月)が旬の真っ只中です。
ご夫婦はUターン移住で室戸に戻り、農業は未経験からのスタートだったとのこと。
現在も技術支援を受けながら、試行錯誤の中で丁寧に取り組まれています。
ボタナスは一般的なナスより大きく育つため、花が咲いてから収穫までは約1ヶ月(通常のナスは約20日)かかります。
実が重くなるにつれて株が倒れやすくなるため、一つひとつ丁寧に手入れをしながら育てているそうです。
水やりなどの作業は手間がかかるうえ、成長に時間がかかる分だけ病気のリスクも高いのが実情です。
さらに野生動物による被害もあり、無防備には栽培できません。
防除ネット・電気柵・罠などの対策も必要で、連作障害を防ぐための土壌管理も欠かせません。
加えて、近年の肥料などの価格高騰も重なり、農場の維持には大きなコストがかかっています。
多くの一次産業地域で課題となっている「安価な出荷価格に対して、生産者の利益が少ない」という現実も、ここ日南とて例外ではありません。
現在、ボタナスは日南の6軒の農家のみが栽培・出荷しており、数の限られた希少な伝統野菜です。
しかし、ボタナス単体での経費を考えると赤字だそうです。
店頭価格も全国のナスの平均価格より低く、価格設定にはさまざまな事情があると想像されます。
けれど、設備投資・丹精込めた手間・家族の生活や子育てなどが価格に反映されない状況では、ボタナスという伝統や、日南という集落そのものの継承が困難になるのではないかと懸念されます。
それでも、日南には集落活動支援員が2名在籍し、地域支援に尽力されています。
ボタナスの販路開拓や伝統野菜の承継にも積極的に取り組まれています。
その活動のひとつとして、地区内に新たなボタナス畑を整備し、地区外の方を対象としたオーナー制度によるボタナス栽培もスタートしました。
ボタナスオーナーたちは共同で畑全体の手入れを行い、自分の株から収穫します。
草刈り、水やりなどの作業は13名のオーナーが話し合って分担し、輪番制にするなど、収穫までの負担を減らす工夫もされています。
参加者は農家に限らず、民宿を営む方など多様な人々が関わっています。
これからも、皆さんの取り組みによって、日南地区やボタナスの魅力が広がっていくことを願っています。
ボタナス農家さん
「ボタナス農家さん」と室戸のつながり
-
ボタナス
とろ~っととろける! 幻の伝統野菜“ボタナス”室戸の巨大ナスは夏だけの美味しさ 高知県室戸市の中山間部に位置する集落・日南(ひなた)地区でのみ栽培されている「ボタナス」は、幻の伝統野菜として知られる超巨大ナスです。 ボタナスの魅力は、その大きさだけではありません。火を入れると、とろ〜っとした食感になり、とても美味しいんです。 おすすめの食べ方は、焼きナスやフライ! 特にフライにしたときの「サクッ、とろ〜」の食感は、ナスのイメージを超越するほど。驚くほど美味しく、普通のナスとは“身の質”がまるで違います。 ボタナスは、道の駅「キラメッセ室戸」でも購入できますが、生産量が少ないため、売り切れることもしばしば。 実は6年ほど前まで、日南の農家さんはボタナスが「伝統野菜」だということを認識していなかったそうです。 なぜ日南にだけ、伝統野菜のボタナスがあるのかは定かではありません。 日南は「平家の落人伝説」が残る地域で、「その時代に種を持ち込んだ人がいたのでは?」という話もあります。 ただ確実なのは、100年以上前にはすでに存在していたということ。 谷口さんの亡くなったお祖父さんの言葉にも、「物心ついた頃にはあった」との証言があります。 ともあれ、日南の農家さんにとってボタナスは、ただの「昔からある野菜」。 自分たちで食べる分や、分け合う分として、30本ほどだけ栽培し、出荷はしていなかったそうです。 出荷のきっかけは6年前。高知県地域振興センターの方がボタナスを食べる機会があり、 「これは、うま〜い!」 と絶賛。それを機に、出荷が始まったのです。 ボタナスは、テレビ番組『所さんお届けモノです!』でも紹介されました。 番組内では、京都の老舗料亭のご主人が「日本の幻の食材」として紹介し、話題に。 夏が旬のボタナスを楽しみにしている人は多く、季節になると 「ボタナス、まだですかね〜?」 と、生産者の谷口さんに尋ねる人もいるそうです。 今では出荷されると、すぐに完売。まさに人気商品ですね。 焼いたり、揚げたり、産地に暮らす人々も毎年ボタナスの旬を楽しんでいます。 ちなみに、取材の際には大きくて美味しそうなボタナスを、お土産にいただいちゃいました。 「これは小さくていかんな。これならいけるか?」 と、生産者さんが丁寧に選んでくれました。ボタナスの大きさや形へのこだわり、半端じゃないです。 谷口さん、集落支援員の皆さん、本当にありがとうございました。 家に帰って、焼きボタナスを作りました。 大きなボタナスを焼くと、皮の中でナスがグツグツ煮え、「とろ〜」っと柔らかくなります。 大きさのわりに意外と火の通りも早く、加熱時の変化がとても特徴的。 そのとろける美味しさに、気づけば一人でペロッと食べちゃいました。 -
日南(ひなた)
高知・室戸の山間部に残る“幻のナス” ボタナスで地域を未来へつなぐ日南の物語 高知県室戸市の中山間部にある集落・日南(ひなた)も、全国各地の村と同じように、少子高齢化・人口減少が深刻な課題となっています。 現在の日南の人口は51人。そのうち60代以上は41人で、全体の約80%を占めます。(令和5年現在) 取材をさせていただいたボタナス農家の谷口さんご夫婦(70代)も、集落では“若手”に数えられるそうです。 後継者不足により農家の数も減少し、現在ボタナスを栽培している農家はわずか6軒。 「伝統野菜のボタナスを残せるのか?」 というより、すでにこれは「日南地区の存続」の問題なのかもしれません。 日南の農産物は「美味しい」との評判をよく耳にします。 寒暖差のある中山間部で、海岸沿いの町よりも気温が3度ほど低いとのこと。 このあたりは“南国土佐”と呼ばれる地域ですが、冬は意外と寒くなるそうです。 美味しい野菜が育つのは、この寒暖差と、水(湧水・朝露・夜露)の影響が大きいのではないか──という声もあります。 日南に限らず、地方の農家さんは、畑や田んぼを取り巻く環境条件にとても敏感です。 周囲の自然環境や人工物が作物にどう影響するのか──それを熟知しているのが、田舎の農家さんたちなのです。 日南の生産者の皆さんは、地域の自然環境に精通した“腕利きの職人”とも言える方ばかり。 日々の作業、道具の手入れ、天候に応じた準備など、自然を相手にする仕事に余念がありません。 中には、80代で現役バリバリの“鉄人”のような農家さんも。 とはいえ、山に分け入ったり、重い機械を運ぶ作業などは身体的な負担も大きくなり、「しきび」や「黒糖作り」など一部の品目は取り扱いをやめる方も出てきている状況です。 このままでは、日南の農家さんが育てる中山間部の“自然の恵み”も、少しずつ減ってしまうかもしれません。 室戸で地元の産品を取り扱う、道の駅キラメッセではオープンした約30年から比べると、扱う農作物の種類は約30%まで少なくなってしまっているそうです。 全国的にも状況は厳しく、現在、全国の市町村の50%以上となる885の自治体が“過疎地域”に指定され、国土の60%以上が該当しています。 そこに暮らしているのは、全人口のわずか9%。 今まで「当たり前」だったことが、なくなっていく── その変化は、“ドカン”と音を立てて起こるものではありません。 気がつかないうちに、少しずつ、静かに、いつの間にか……進んでいくのです。 しかも、それは“知らない町”で、“知らない間”に起こっていること。 もしかすると、どこかで 「ボタナス、売ってないのね……」 という声が聞こえる日がくるかもしれません。 その時にはもう、ボタナスだけでなく、たくさんの“こと”が失われたあとなのかもしれません。