室戸といえば、室戸岬やキンメ丼、土佐備長炭が有名ですが、その他にもまだまだ知られていない室戸の魅力がたくさんあります。
室戸の魅力を実感できる体験プログラムを集めた「まるっとむろと体験博」を、去年に引き続き、今年も開催することになりました。
アクティビティやものづくり、こだわりの食、歴史文化など室戸の魅力をたっぷり詰め込んだ22のプログラム。
ぜひ室戸の魅力を体験しにきてください。
現在、全体験プログラムの予約受付中です。
みなさまでのご参加お待ちしています!
まるっとむろと体験博
「まるっとむろと体験博」と室戸のつながり
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サツキマスの陸上養殖
室戸の海洋深層水が育てた“プラチナサツキマス” ─幻の味を未来へつなぐ地域再生プロジェクト 室戸の「プラチナサツキマス」は、幻の魚・サツキマスを海洋深層水で育てる、先進的かつ挑戦的な陸上養殖プロジェクトです。 サツキマスは、美しい川で生まれ、豊かな海で育ち、再び川へと帰る“回遊するアマゴ”です。その希少性と繊細な味わいから「幻の魚」とも称されます。 かつては高知県の川や海でも見ることができました。しかし、河川環境の変化により天然個体は激減し、今では“幻の魚”とまで呼ばれる存在に。 室戸では、この貴重な魚を未来につなげようと、海洋深層水を活用した陸上養殖に挑戦しています。 室戸は、生活排水の流れる大河川がなく、海はひときわ清らか。 さらに、海底が断崖になっているため、太陽光が届かない深海から湧昇流として運ばれてくる水—それが水深1000mから昇ってくる海洋深層水。 この水には、植物プランクトンによって消費されずに残されたミネラルが蓄積されており、室戸の養殖に理想的な条件をもたらしています。 この深層水は水深344mからポンプで汲み上げられ、この清浄な海洋深層水のおかげで、薬剤を使わずに陸上養殖を行うことが可能になりました。そのため食の安全性を確保した上で、高品質な魚を育てることができるのです。 養殖を担うのは赤穂化成株式会社。高知県海洋深層水研究所や室戸漁業指導所と連携し、2020年にはついに約500尾の出荷に成功。 「室戸プラチナサツキマス」としてブランド化され、地域の希望として注目を集めました。 生産者は語ります— 「成長に合わせて水槽内の密度を調整し、ストレスの少ない環境を整えています。天然ものは旬が短いですが、海洋深層水の恩恵により、極上の“旬”を長く味わえる魚に育てています」 銀色に輝く魚体は、“プラチナ”の名にふさわしく、目を見張る美しさ。マリネ、箱鮨、焼き物、煮物など、和洋を問わずあらゆる料理にマッチし、上品な甘みとしっとりとした食感が絶品です。 海洋深層水を活用したサツキマス養殖は、海洋深層水は年間を通して安定した低温なため、水温管理に必要なコストと環境負荷を抑えられるという環境配慮型のモデルとしてだけでなく、室戸高校との連携による教育プログラムや、地域雇用やブランド振興にも貢献しています。 地域おこし協力隊との協働プロジェクトにて「にっぽんの宝物 世界大会」への出場。室戸高校の生徒による商品開発やPR活動など積極的な活動が注目されます。 室戸産のこの極上サーモンは、今後、地元のホテルや飲食店で提供されるなど、地元消費が進むことで、地域活性化の起爆剤となる期待も高まっています。 「幻の魚」を次世代へとつなぐこの取り組みは、まさに室戸の新たな海洋文化の象徴となりつつあるのです。 -
サイクリングツアー
サイクリング(レンタル有)で四国の突端、室戸の名所を巡るガイドツアー! 美しい海岸線を走り、日本新八景に選ばれた名所「室戸岬」へ。不思議な形の岩の群衆やアコウの木、青空に映える室戸岬灯台など大迫力の絶景を堪能します。続いて、若き日の空海が修行したといわれる洞窟「御厨人窟(みくろど)」へ。 室戸の大自然に加えて、歴史や文化を体感できる魅力的なスポットを、自転車に乗ってガイドと一緒に巡ります。 -
深海生物漁を体験
高知県東部地域は黒潮が流れ込み、室戸沖の深海からは海洋深層水が昇ってくる素晴らしい環境に恵まれた地域です。 世界ジオパークにも登録されている室戸の地形は深海が陸から近く、他の地域ではあまりみることのできないオオグソクムシをはじめとした、多くの深海生物が生息しています。 室戸には陸地から近い場所に、まだまだ未開拓の深海があります。誰も経験していない珍しい発見があるかもしれません。 -
室戸ドルフィンセンター
かつては『捕鯨』の街として栄えた室戸市。かつてくじらと生きた町は今、人がより良く生きるためのイルカとの触れ合いの場を提供する町になりました。 イルカと触れ合うことで人が人らしくよりよく生きるためより健康に生きるため、非日常的な室戸時間をお過ごしください。 -
室戸海洋深層水株式会社
室戸海洋深層水(株)のお塩の秘密は、海洋深層水のもたらす豊かなミネラル分を最大限活かす製造工程にあります。そして世界で唯一、にがみ成分(So4)を除去していること。完成したお塩は、旨味やほのかな甘みを感じます。苦味やえぐみが無いのです。また、製造工場の環境負荷を低減に取り組むなど、地球環境の保全に取り組まれています。 -
四十寺山・にしり岩伝説
室戸・四十寺山の巨岩に足跡?! 空海が妖怪を封印した“にしり岩”とは? 四国・高知県の南東端、太平洋を三方に望む室戸岬から北へ約7.2kmの場所に、四十寺山があります。この山は、古くは「室戸山」と呼ばれ、室戸岬とともに真言宗の開祖・弘法大師空海が「虚空蔵求聞持法」の修行を行った聖地の1つです。 西暦807年にはこの山に「室戸山明星院・最御崎寺(みょうじょういん・ほつみさきじ)」が建立されました。 その後、西暦1044年に最御崎寺の本堂が室戸半島の先端に移された後も、この地は真言宗の修行僧で賑わい、かつては「伽藍(修行場)」が40箇所も存在していたとされます。こうした経緯から、「四十寺山(しじゅうじさん)」と呼ばれるようになったといわれています。 そんな四十寺山にまつわるお話です―― それはまだ平安時代のこと。 若き空海が室戸岬で修行を積んでいた際、明星(金星)が空から飛来し、その光が口に入り込んだことで、空海は悟りを得たと伝えられています。 空海は「仏の教えは民衆のためにある」と語り、現在の金剛頂寺付近にて、室戸の人々を苦しめていた多くの天魔や妖怪、魑魅魍魎たちを足摺岬方面へ追い払ったといいます。 (この逸話の詳細は「天狗問答」を見てください) この話を聞いた四十寺山の麓の農民たちは大いに喜び、「ぜひ四十寺山に巣食う妖怪たちも退治していただけないか」と空海に嘆願します。 空海はそれを快く受け入れ、四十寺山で加持祈祷を行いました。 空海が印を結び、指で空に「大般若波羅蜜多心経」を描きながら真言を唱えると、金色の経典が天空に浮かび上がり、魑魅魍魎たちは空海の掌に圧縮されるように集まりました。 空海はその手を四十寺山の山頂にある巨岩に押し付け、さらに足で踏みつけて、妖怪たちを岩の中に封印したのです。 その巨岩は高さ78m、幅12mにも及ぶ巨大な岩で、空海が踏みしめたとされる足跡は今も岩の表面に残されています。 岩の内部に封じられた妖怪たちは、今もなおうごめき続けているのか… この巨岩は、年に数ミリずつ移動していることが確認されており、地元では「にしり岩(ずれる岩)」と呼ばれるようになりました。(諸説あり) この逸話からは、空海という人物が個人の悟りを得たのち、その大きな霊力を室戸の人々のために使ったことが読み取れます。 空海が民の苦しみに寄り添い、手を差し伸べる姿からは、その人間的な魅力と偉大さが感じられます。 そして同時に、空海を慕う室戸の人々のあたたかな想いと、「強い力を持つ者は、その力を社会に還元しなければならない」という普遍的な教訓をも、深く読み取ることができるでしょう。 (出典:室戸市の民話・伝説 室戸市教育委員会) -
椎名集落活動センターたのしいな
「椎名集落活動センターたのしいな」は、喫茶室や多目的ホールを利用した元気サロンや子ども教室を実施して、子どもから高齢者まで様々な世代が集う場所です。地域の行事や伝統文化などの情報発信、一大観光施設となったむろと廃校水族館等との連携により、市内外からの集客も目指していきます。(集落活動センターポータルサイトより) -
吉良川の町並み
土佐漆喰の建築美と石塀が映える備長炭の町、伝統建築と祭りが織りなす歴史景観地区 室戸岬から海岸線を西へ16キロ、吉良川町は鎌倉時代の文献にも登場するほどの古い歴史と、独特の文化を持った町並みです。 その特徴的な家々は高知県で初めて国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。 吉良川町に歴史的建造物が多く建てられたのは明治から昭和初期にかけて。室戸に多く自生するウバメガシから特産品の土佐備長炭を生産し、京阪神地区へ積み出す港として商家や廻船問屋が軒を連ね、栄華を誇りました。また、町の最奥には広い境内を構える御田八幡宮があります。御田祭や秋の神祭が大々的に行われる、地域で慕われる祭神です。 そして吉良川は2つの特徴的な町並みを形成しました。 旧街道沿いには豪華な町並み「下町地区」があります。 家の壁は白く輝く「土佐漆喰」。漆喰は何度も塗り重ね、手の平で擦り付ける事で光沢を出しています。粘着力があり、防火・防水、塩害にも強い優れものです。 2階建てですが家の高さは低く見えます。台風対策のために2階の天井を意識的に低くして、物入れとして使った「つし二階」と呼ばれる建築です。 そして側面には暴風雨の雨水を素早く地面に落とすために反って作られた「水切り瓦」 交易の際に京阪神から持ち帰った当時最新の赤い「煉瓦」を用いた壁も見えます。 おしゃれな木の「格子」窓。玄関わきの柱の装飾「持ち送り」など数々の工夫に富んだ独特な町家が軒を連ねています。 山側の「上町地区」には空間を広くとって軒を低く抑えた家に「いしぐろ」と呼ばれるこれもまた特徴的な石塀を屋敷周囲に巡らせた農村的な民家が作られました。 室戸岬は1934年の室戸台風に代表されるように、日本の台風の入口となることの多い土地です。そのため古くからの建造物には施された独特の台風対策が見て取れます。 -
室戸岬漁港
土佐藩執政野中兼山により、整備された掘り込み港です。工事に当たり、港口を塞ぐように3つの大きな岩が海中にあったのを、『張扇式の堤』により取り囲み、中の海水を抜いてから大鉄槌やのみで砕いたと伝えられています。 土佐から畿内方面への航路上で風待ちする港として重要な位置付けにありました。(室戸市観光協会) -
室戸岬夕陽ケ丘キャンプ場
家族連れも、ツーリング仲間も、子どもも、大人も、限りなくリラックス。 展望台から太平洋を眺めたり、木立の陰でバーベキュー。 そして、ランプを囲んでの一夜・・・・。都会育ちのあなたも自然の大切さを再認識できる旅になりそうです。(室戸市観光協会HPより) -
室戸岬灯台
遮るものが何もない真っ青な空と太平洋を一望できる室戸岬の先端。標高151メートルの山の上に室戸岬灯台があります。 青空に映える白亜の灯台は木々の緑の中で輝いています。展望台からは遥か遠く水平線が空に交わる様子が見え、広々とした海にクジラたちが回遊する姿が見えないかと目を凝らして しまいます。 太平洋に突き出た室戸岬の沖合の重要航路を守るため、日本一遠くまで海上を照らすことができる灯台です。1番大きな第1等レンズを備えた日本の5台の灯台の中の一つです。 建築されたのは明治32年(1899年)。現存する鉄造灯台としては日本で2番目に古い歴史を持ち、現在も原形を保って約120年間照らし続けています。建築に当たっては当時最先端の建築技術が導入されました。灯台を形作る鋼材は、当時は輸入に頼っており高価でしたが、工期の短さを利点として選ばれました。鋼材は帆船で岬まで運ばれ、蒸気の力でレールにて山頂まで運び上げられたそうです。当初は石油ランプで照らしていましたが、後にレンズが英国から輸入されました。 灯台の眼下には1600年前深海からせり上がってきた岩の大地と亜熱帯の森が見え、灯台の周りを散策すれば、美しさとそれを守りながら活かす活動が認められ、ユネスコ世界ジオパークに選ばれた室戸のストーリーを知ることができます。ガイドツアーに参加して丁寧な解説とともに、古代の海底の地層や貴重な動植物と触れ合いながら、遊歩道を散策するのがオススメです。 毎年11月1日に近い日曜日には「室戸岬灯台まつり」も行われます。普段は立ち入ることのできない灯台内部を一般観光客に開放するとともに、イベントや飲食店の出店ブースも設置され、空海ゆかりの最御崎寺など室戸岬名所の紹介も行われます。 -
お遍路
弘法大師が悟りを開いた室戸の地 —厳しき修行の道場と八十八ヶ所霊場を辿る、祈りと覚悟の巡礼の旅 お遍路とは弘法大師空海が開創された八十八の札所を拠点としながら四国全周1400kmの霊場を巡る旅です。国と人々の安寧を願った弘法大師を慕い、足跡を共に歩み、現世を離れ霊場という聖域を巡る旅で、お遍路中は常に弘法大師と一緒にいる感覚を持つことから同行二人(どうぎょうににん)と表現されます。 四国ではお遍路は敬意をもって迎えられ、空海を慕う信心深い地元の人々から、お遍路さんに食べ物飲み物や休憩場所を提供するという「お接待文化」が現在も息づいています。 四国八十八ヶ所参りとは、お遍路と言えば白装束で徒歩という歩き遍路スタイルが有名です。現在では、外国の方の歩き遍路を見かけることも多いです。 歩き遍路の他に、お遍路ツアーへの参加や、車や自転車を利用する方もいらっしゃいます。全長1400kmに及ぶ壮大な聖地巡礼の旅ですので、一度に巡ることが時間的に難しい場合、八十八ヶ所を複数回に分けて巡る「区切り打ち」と呼ばれる方法もあります。 室戸には3つの札所があり、まず太平洋が一望できる見晴らしの良い室戸岬の山の上、室戸岬灯台のすぐ近くに弘法大師空海が西暦807年に建立したお寺「室戸山明星院・最御崎寺(みょうじょういん:ほつみさきじ)」があります。室戸岬は弘法大師が悟りを開いた「修行の道場」とされる土佐最初の霊場です。第24番札所として多くの巡礼者が訪れます。 そして25番札所 宝珠山眞言院 津照寺(しんしょうじ:つでら)26番札所 龍頭山光明院 金剛頂寺(こんごうちょうじ:にしでら)があります。 どの霊場も海が隆起してできた高地(海成段丘など)に建立されており、あちこちに地質学的に希少な特徴が見られます。 -
土佐備長炭
日本三大備長炭に数えられる「土佐備長炭」はウバメガシ(姥目樫)を原料とした白炭と呼ばれる最高品質な木炭です。 土佐備長炭の魅力は美味しくお肉が焼ける「強い火力」と「持続時間」そして「灰が飛ばないこと」です。 室戸市で備長炭が作られるようになったのは明治時代のことでした。 四国の突端、三方を太平洋で囲まれた室戸市は地域の大部分が森で覆われているため木材は豊富にありましたが、まだ炭焼きの技術は発展していませんでした。 そんな中、紀州の炭焼き職人が四国遍路で室戸を訪れ、明治40年に備長炭の製法を伝授したことはまさに弘法大師のお導きでした。(弘法大師は3つのお寺を室戸で建立し、その成り立ちに深く関わります。四国八十八ヶ所参りは弘法大師所縁のお寺を巡ります。) そして時代を経て室戸市の主要産業になった土佐備長炭は、全国に広く流通し日本で有数の生産量を誇るようになりました。 近年は海外からの白炭輸入量が減少し、市場では品薄状態が続いているため、備長炭は希少で高価なものとなっています。 そんな貴重な土佐備長炭は主に都市部の料理店で愛用されますが、ご家庭で使うときはバーベキューグリルや七輪などで肉を焼くのが最高です! 遠赤外線でふっくら焼き上がり、余分な油が赤く燃えた土佐備長炭の上に落ちるとジュっと煙が立ち、肉を口に運ぶと仄かに備長炭のよい香りを感じます。 土佐備長炭を製造する「窯元炭遊」の川田さんによると 火力が半日程度持続する土佐備長炭は、長時間かかる煮物でも効果を発揮するそう。途中で使い終わったときは灰を被せて消火すればまた使えます。注意したいのは、土佐備長炭は長持ちしますが、鋼のように硬く火が付きにくいので、肉を焼くのは炭にじっくり火を入れてから。焼き始めが早いとお腹がいっぱいになる頃、備長炭が絶好調になることも…